AI開発の外注では、まず何から決めればよいですか?
最初に決めるのは契約の区切り方です。仕様と精度が読めない段階と、読めるようになった段階を、1本の契約に押し込まないことが出発点になります。
見積もりを取る前でも、この区切りだけは先に決められます。区切りが決まっていない状態で相見積もりを取ると、各社の提案の前提がばらばらになり、金額を比べても意味を持ちません。
結論: PoCと本開発は別契約にするのが原則です
PoCとは、その課題がAIで解けるかどうかを実際のデータで小さく試す段階です。ここで確かめた結果を踏まえて、本開発に進むかどうかを判断します。
この考え方は国の資料にも示されています。経済産業省「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」は、AI技術を利用したソフトウェアの開発を「探索的段階型」の開発方式として整理しました。アセスメント、PoC、開発、追加学習の4段階に分け、各段階について契約の方式、契約で考慮すべき要素、契約条項例を示しています。
同ガイドラインは2018年6月15日に公表され、1.1版が2019年12月に策定されました。出典: 経済産業省「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」(2018年6月15日公表、1.1版は2019年12月)。
つまり、段階を分けて契約することは特別な進め方ではありません。国が標準的な型として示している方式です。
1本にまとめると何が起きるのか
PoCから本番稼働までを1本の契約にまとめると、次の3つが同時に起こりやすくなります。
| 起きること | 内容 |
|---|---|
| 精度の約束が空約束になる | 試す前に精度を契約で確約させても、データ次第で達成できません |
| 途中で止められない | 見込みが薄いと分かっても、契約上は最後まで進めることになります |
| 費用が読めない | 前提が変わるたびに追加費用の交渉が発生します |
とくに問題になるのが1つ目です。AIの精度は、手元のデータの質と量で決まる部分が大きく、着手前に約束できる性質のものではありません。にもかかわらず精度を成果として契約書に書くと、達成できなかったときに責任の所在だけが争点になります。
御社にとっての実害は、開発が止まることよりも、引き返す判断ができなくなることです。段階を分けておけば、PoCの結果を見て「ここで止める」という選択肢が契約上も残ります。
段階ごとに何を取り決めるかは後述します。まずは、AI開発が通常のシステム開発と何が違うのかを整理します。
PoCとは? 通常のシステム開発と何が違うのか
PoCとは、その課題がAIで解けるかどうかを、実際のデータで小さく試して確かめる段階です。作るものが最初から決まっている通常のシステム開発とは、成果の約束のしかたが根本的に違います。
PoCは Proof of Concept の略で、日本語では概念実証と呼ばれます。何を作るかを決める前に、そもそも成立するかを確かめる工程だとお考えください。
AI開発は「やってみないと精度が分からない」
通常の業務システムは、画面と項目と処理の流れを決めれば、そのとおりに動くものが作れます。仕様が決まった時点で、完成形がほぼ確定します。
AIはここが違います。学習に使えるデータが手元にどれだけあり、どれだけ揃っているかで、到達できる精度が変わります。同じ手法を使っても、データが違えば結果は変わります。
実装する側から見ると、着手前に分からないことは主に次の3点です。
- 手元のデータが、学習に使える形で十分な量あるか(表記の揺れ、欠けた項目、重複の程度)
- 予測したい対象が、そもそもデータから判別できるか(人間が見ても判断できない事例が多くないか)
- 業務で使える速さと安定性で動かせるか(1件あたりの処理時間、例外的な入力への耐性)
とくに1つ目でつまずく案件が多くあります。データはあると聞いていたのに、実際には項目の入力ルールが担当者ごとに違っていて、そのままでは学習に使えないというケースです。これはデータを見るまで判断できません。
だから請負で精度を約束させる契約は成り立ちにくい
請負契約は、完成した成果物を引き渡すことを約束する契約です。完成の基準が決まっていなければ、約束のしようがありません。
PoCの段階で「正解率何パーセント以上」を成果として契約書に書くと、次のどちらかが起きます。
- 受注側が達成できる水準まで目標を下げて提示する(安全側に振った数字になり、判断材料にならない)
- 達成できずに、責任の所在だけを争うことになる
いずれも御社の利益になりません。PoCで本当に必要なのは、達成できたかどうかの白黒ではなく、どこまで到達し、何が足りず、次に何をすれば伸びるのかという情報です。
そのため、PoC段階の契約は、成果の完成ではなく作業の遂行を約束する形が適しています。契約の型の選び方は後述します。
国が示す4段階とは? 契約をどこで区切るか
経済産業省のガイドラインは、AI開発を探索的段階型としてアセスメント、PoC、開発、追加学習の4段階に分けて整理しています。この区切りが、そのまま契約の区切りの目安になります。
探索的段階型とは、先に全体を決めきるのではなく、確かめながら段階的に進める開発の進め方です。同ガイドラインは各段階について、契約の方式、契約で考慮すべき要素、契約条項例を示しています。出典: 経済産業省「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」(2018年6月15日公表、1.1版は2019年12月)。
4つの段階と、それぞれで確かめること
| 段階 | この段階で確かめること |
|---|---|
| アセスメント | 手元のデータで、そもそも取り組む価値があるか |
| PoC | 実際のデータで、業務に使える水準に届きそうか |
| 開発 | 業務システムとして安定して動く形にできるか |
| 追加学習 | 運用しながら精度を保ち、改善し続けられるか |
段階の名称と区分は上記ガイドラインによるもので、各段階で確かめる内容は当社が発注側の視点で言い換えたものです。
注目していただきたいのは、4段階目に追加学習が置かれている点です。AIは納品して終わりではありません。扱うデータの傾向が変われば精度は落ちます。運用後の面倒を誰がどこまで見るかを、最初の契約の設計段階で視野に入れておく必要があります。
4段階に必ず分ける必要はありません
ガイドラインの解説では、4つの段階に分割することが必須ではないと説明されています。開発規模によっては、アセスメント段階とPoC段階が一体となることも、PoC段階をさらに複数に分割することもあります(STORIA法律事務所によるガイドラインの解説)。
つまり4段階は、機械的に当てはめる型ではなく、御社の案件に合わせて区切りを決めるための下敷きです。
自社の規模ではどこまで分けるべきか
中小企業の案件で現実的なのは、次の2つの形です。
- 2分割: アセスメントとPoCをまとめて1本目、開発と追加学習を2本目にする。予算が数百万円までの案件に向きます
- 3分割: アセスメントを短い調査として切り出し、PoC、開発を別契約にする。データの状態が読めない場合に向きます
判断の分かれ目は、手元のデータを外部の目で見てもらったことがあるかどうかです。見てもらったことがなければ、アセスメントを短く切り出す形をおすすめします。
つまずきやすい点は、分ける数を増やしすぎることです。段階を増やすほど契約と検収の事務が増えます。3つを超える分割は、社内に専任の担当者がいない場合には負担のほうが大きくなります。
各段階の契約では何を取り決めますか?
段階ごとに契約の型、成果物、費用の扱いを分けて書きます。とくにPoC段階は成果物を報告書とし、精度の達成を成果とは定めないことが重要です。
経済産業省の概要資料では、発注側が最初から成果の一括保証を求めるのではなく、段階ごとに結果を確認して次へ進む形が想定されています。出典: 経済産業省 情報経済課「AI・データの利用に関する契約ガイドラインの概要」(2021年1月)。
段階別の取り決め一覧
| 段階 | 契約の型の考え方 | 成果物として定めるもの | 費用の扱い |
|---|---|---|---|
| アセスメント | 調査の遂行を約束する形 | 現状のデータの評価結果をまとめた報告書 | 定額。短期間で区切ります |
| PoC | 検証作業の遂行を約束する形 | 検証結果の報告書、試作したモデル、再現の手順 | 定額。期間と工数で決めます |
| 開発 | 成果物の完成を約束する形 | 動作するシステム、設計書、試験の記録 | 定額または工数清算 |
| 追加学習 | 継続的な作業の遂行を約束する形 | 再学習の記録、精度の推移の報告 | 月額または都度 |
PoCの成果物を報告書と定める点が要です。精度そのものを成果に据えなければ、届かなかった場合も「検証は完了した」として整理でき、次の判断に進めます。
準委任と請負のどちらを選ぶか
判断は単純です。完成の姿を契約時点で文章にできるかどうかで分かれます。
- 書けない段階(アセスメント、PoC)は、作業の遂行を約束する準委任が適します
- 書ける段階(開発)は、完成を約束する請負が使えます
準委任であっても、受注側が手を抜いてよいわけではありません。求められる水準の作業を行う義務は残ります。御社が守られるのは「精度が出なかったこと自体を債務不履行として争う」という不毛な構図を避けられる点です。
学習用データと学習済みモデルの扱いを先に決める
ここは後回しにすると必ずもめます。契約書に入れておく項目は次の4つです。
- 提供したデータを、他社の案件に使ってよいか(原則は不可と明記します)
- PoCで作ったモデルを、本開発を他社に頼む場合に引き継げるか
- 学習済みモデルの権利が、どちらに帰属するか
- 契約終了後に、預けたデータを消してもらう手順と期限
経済産業省のガイドラインのAI編でも、ユーザとベンダの間で利用条件を細かく設定して利害を調整する枠組みが示されています。出典: 経済産業省「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」(平成30年6月公開)。
実装者として申し添えると、2つ目でつまずく例が目立ちます。モデルの重みだけを渡されても、前処理の手順と学習時の設定が無ければ再現できません。引き継ぎの対象には、モデル本体だけでなく再現に必要な手順を含めてください。
PoCの結果は、どう評価すれば本開発に進めますか?
精度の数値だけで判断せず、データ、モデル、システム、進め方、期待値の5つの観点で見ます。業界団体のQA4AIガイドラインが示す5つの軸を、そのまま評価表に使えます。
QA4AI(AIプロダクト品質保証コンソーシアム)は2018年4月1日に設立された、日本発のAIプロダクト品質保証ガイドラインの策定団体です。出典: QA4AI公式サイト。
5つの軸で見る評価表の作り方
| 軸 | PoCの報告書で確認すること |
|---|---|
| データの健全性 | 学習に使ったデータの量と偏り、除外した事例とその理由 |
| モデルの頑健性 | 想定外の入力や少数の事例で、どこまで精度が落ちるか |
| システム全体の品質 | 1件あたりの処理時間、既存システムと繋げられるか |
| 開発プロセスの機動性 | 条件を変えたときに、どれだけ早く試し直せたか |
| 顧客の期待 | 業務で許容できる誤りの範囲と、現状の差 |
評価軸が5つであることの出典: CodeZine「QA4AIガイドラインとは何か? AIプロダクトの品質保証における課題と推進のための5つの軸」。表の右列は、当社が発注側の確認項目として言い換えたものです。
この5つを並べると、正解率が高くても本開発に進めない場合があると分かります。たとえば精度は出ていても、1件あたりの処理に時間がかかりすぎて業務の流れに乗らない、という結果です。
委託先の体制を見る手がかりもあります。総務省と経済産業省の「AI事業者ガイドライン」は、AIシステムの開発過程や、意思決定に影響を与えるデータの収集とラベリング、使用したアルゴリズム等について文書化することを求めています。第1.2版は2026年3月31日に公表されました。出典: 総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」(2026年3月31日公表)。こうした文書化にどこまで対応できるかは、委託先を見極める材料になります。
PoCの合格ラインは契約前に決めておきます
合格ラインは、PoCを始める前に御社が言葉で決めておく必要があります。結果を見てから決めると、必ず甘くなります。
決め方は次の順です。
- 現状の業務で、その判断を人が行ったときの精度と所要時間を測る(1週間程度)
- AIに置き換えて元が取れる水準を、その実測から逆算する
- 誤りが出たときに誰がどう拾うかという運用込みで、許容できる誤りの範囲を決める
なお、AIチャットボットの回答精度などについて、出典が確認できる業界標準の合格ラインは見当たりません。他社の数値を借りるのではなく、御社の業務の実測から決めてください。
本開発に進まない判断も成果です
PoCで見込みが薄いと分かったなら、それは失敗ではありません。本開発に数百万円を投じる前に止められたという成果です。
止める判断をしやすくするために、PoCの契約書には、結果にかかわらず報告書の納品をもって完了とする旨を明記しておきます。ここが曖昧だと、止めたい場面で「もう少し粘る」方向に流れます。