何から決める? AIの検収が難しい理由から整理する
まず、AIは確率的に動作するため、従来型システムのように全件が仕様どおりという合否判定ができないことを前提に置きます。決めるべきは、どの条件で、どの範囲まで正しければ合格とするかです。
この前提は、公的な資料でも共有されています。経済産業省の契約ガイドラインでは、AI技術を利用したソフトウェアの開発方式として探索的段階型が提案されており、性能を事前に確約しにくいというAIの性質を前提とした枠組みが示されています(出典: 経済産業省 情報経済課「AI・データの利用に関する契約ガイドラインの概要」2021年1月)。
従来型システムの検収との違い
従来型のシステムなら、仕様書に書いた機能が動くかどうかで合否を判定できます。ボタンを押せば画面が開く、という確認は、何度やっても同じ結果になります。
AIチャットボットは違います。同じ質問でも言い回しが変われば回答が変わり、想定していない質問も飛んできます。全問正解を条件にすれば、どの発注先も合格できません。
| 比較の観点 | 従来型システム | AIチャットボット |
|---|---|---|
| 判定の考え方 | 仕様どおりか | どの範囲まで正しいか |
| 確認の対象 | 機能の動作 | 回答の内容と、外れ方 |
| 合格の形 | 全件が仕様どおり | 決めた水準を満たす |
| 公開後 | 不具合の修正 | 継続的な改善が前提 |
先に決めておくこと
契約前に決めておくことは4つです。この4つが決まっていないと、検収の場で議論が始まってしまいます。
- 評価に使う質問セットを誰が作るかを決める(つまずきやすい点: 受注側だけに作らせること。受注側が想定した質問だけでは、現場に来る質問と噛み合いません)。
- どの業務の、どの範囲の質問を対象にするかを決める(所要時間の目安: 半日)。
- 何をもって正しい回答とするかの基準を文章にする。
- 合格の水準と、不合格だった場合の扱いを決める。
3つめの「正しい回答」の基準は、意外と揉めます。案内先のページが合っていれば正解とするのか、回答文の内容まで求めるのかで、判定結果が変わるためです。
なお、経済産業省は平成30年6月に「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」を公開しており、AI編とデータ編から成る構成で、学習済みモデルの開発契約やAI技術の利用契約の考え方を示しています(出典: 経済産業省「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」)。進め方の全体像は次のセクションで扱います。
段階を分けて進めるとは? 契約ガイドラインの考え方
経済産業省の契約ガイドラインでは、学習済みモデルの開発をアセスメント、PoC、開発、追加学習の4段階に分ける整理が示されています(出典: 経済産業省 情報経済課「AI・データの利用に関する契約ガイドラインの概要」2021年1月)。最初から成果を一括で保証させる形にしないという考え方です。
発注側から見ると、これは検収を1回で終わらせないという話でもあります。段階ごとに結果を確認して、次へ進むかどうかを決めます。
4段階の進め方
4つの段階と、発注側が各段階で確認することを整理すると次のようになります。
| 段階 | 主な内容 | 発注側が確認すること |
|---|---|---|
| アセスメント | 実現可能性の見極め | 手持ちのデータで狙う精度に届きそうか |
| PoC | 試作による検証 | 現場の質問でどこまで答えられるか |
| 開発 | 本番向けの構築 | 決めた水準を満たすか、運用に耐えるか |
| 追加学習 | 公開後の改善 | 回答できなかった質問をどう反映するか |
段階を分ける利点は、途中でやめられることです。アセスメントの結果、手持ちのFAQでは狙う範囲に届かないと分かれば、本開発に進む前に方針を変えられます。
- 契約前に、どの段階までを今回の契約範囲にするかを決める(つまずきやすい点: 4段階すべてを1本の契約にまとめてしまうこと)。
- 各段階の終わりに何を確認するかを、契約書か仕様書に書く(所要時間の目安: 半日)。
- 次の段階へ進む判断を誰が行うかを決めておく。
探索的段階型が前提にしていること
AI編では、AI技術を利用したソフトウェアの開発方式として探索的段階型が提案されています。ユーザとベンダの間で利用条件を細かく設定して利害を調整する枠組みです(出典: 同概要資料)。
ここで前提になっているのは、性能を事前に確約しにくいというAIの性質です。だからこそ、進めながら条件を詰める形が取られています。
発注側が誤解しやすいのは、この進め方が「受注側が責任を負わない仕組み」ではないという点です。段階ごとに何を確認し、満たさなければどうするかを決めるからこそ、判断の根拠が残ります。
段階を分けると費用が増えるのではないかと聞かれることがあります。実際には、届かない前提のまま本開発に進んで作り直すほうが高くつきます。合格の水準そのものをどう決めるかは、次のセクションで扱います。
合格ラインは何を根拠に決める? 期待値の言語化から
合格ラインは、業界標準の数値ではなく、自社の業務で許容できる外れ方から決めます。何%なら無難という一律の基準は存在しません。
判断の起点は、回答を間違えたときに何が起きるかです。案内先が違っていただけで済むのか、金額や契約条件の誤案内につながるのかで、求める水準は変わります。
業務影響から許容範囲を決める
まず、対象とする質問を業務影響で分けます。すべての質問に同じ水準を求めると、費用も期間も膨らみます。
| 質問の種類 | 例 | 求める水準の考え方 |
|---|---|---|
| 誤案内の影響が大きい | 料金、契約条件、個人情報の扱い | 誤った回答を出さないことを優先し、答えずに有人へ渡す |
| 影響が限定的 | 営業時間、アクセス、よくある手続き | 高い正答率を求める |
| 想定外の質問 | 対象業務と関係のない質問 | 答えられないと返す動作を確認する |
実装者の視点で強調したいのは、1つめの種類です。この範囲は、正答率を上げることより、間違えたまま自信ありげに答えない設計になっているかを確認してください。有人対応へ切り替える条件が入っているかが、実務では効きます。
評価に使う質問セットを自社で用意する
合格ラインを決めても、評価に使う質問が受注側の想定だけで作られていると、判定の意味が薄くなります。現場に実際に来ている問い合わせから質問を集めてください。
- 過去の問い合わせ記録から質問を書き出す(所要時間の目安: 2日から3日)。
- 業務影響の大きさで3つに分ける(つまずきやすい点: 分類を受注側に任せること。影響の大きさは業務を知る側にしか判断できません)。
- 各分類に、正しい回答の例を書き添える。
- 質問セットを契約書または仕様書に添付する。
品質保証の枠組みでも、顧客の期待値を把握してそれを満たすことが重要と位置づけられています。QA4AI(AIプロダクト品質保証コンソーシアム)は2018年4月1日に設立された、日本発のAIプロダクト品質保証ガイドラインの策定団体です(出典: AI事業者ガイドラインとQA4AIに関する整理)。
また、総務省と経済産業省は2026年3月31日に「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」を公表しています。前身の第1.1版(2025年3月28日公表)では、開発過程やデータ収集、使用したアルゴリズム等の文書化が求められ、各主体はトレーサビリティの確保状況を説明することが求められています(出典: 総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン」)。委託先がこの文書化と説明にどこまで対応できるかは、合格ラインの妥当性を議論する土台にもなります。
精度以外に何を見る? 5つの評価軸で漏れを防ぐ
検収では、モデルの精度だけでなく、データ、システム全体、開発プロセス、顧客の期待という複数の軸を確認します。精度だけを見ると、運用に入ってから問題が表面化します。
QA4AIガイドラインは、品質保証の軸としてデータインテグリティ、モデルロバストネス、システム品質、プロセスアジリティ、カスタマーエクスペクテーション(顧客の期待)の5つを挙げており、これらはAIシステムの開発から運用までの全段階に適用されるとされています(出典: CodeZine「QA4AIガイドラインとは何か? AIプロダクトの品質保証における課題と推進のための5つの軸」)。
5つの評価軸と確認する内容
発注側の言葉に置き換えると、次のように確認できます。
| 評価軸 | 発注側が確認すること |
|---|---|
| データインテグリティ | 学習や参照に使ったFAQや文書が最新か、誤りが混じっていないか |
| モデルロバストネス | 言い回しを変えた質問や、誤字のある質問でも答えられるか |
| システム品質 | 応答速度、同時アクセス、有人対応への切り替えが動くか |
| プロセスアジリティ | 回答の誤りを見つけたとき、どれくらいで直せる体制か |
| カスタマーエクスペクテーション | 想定した使い方と、実際に来る質問がずれていないか |
精度の話だけをしていると、1行目と3行目が抜け落ちます。参照元の文書が古いままなら、モデルがどれほど優秀でも回答は間違います。
運用開始後に見る指標
検収は公開の直前だけの作業ではありません。公開後に何を見るかまで決めておくと、改善の議論が数字でできます。
- 回答できずに終わった質問の件数と内容を記録する(つまずきやすい点: 記録の仕組みを入れ忘れること。後から追加すると改修になります)。
- 有人対応へ切り替わった件数と理由を集計する(所要時間の目安: 月1回、1時間程度)。
- 利用者の評価ボタンなど、回答の良し悪しを拾う導線を用意する。
- 集計結果をもとに、参照元の文書を更新する担当と頻度を決める。
1つめは特に重要です。答えられなかった質問こそが、次に追加すべき情報そのものだからです。この記録が残らない作りになっていると、改善の材料が手元に残りません。
これらの確認項目をどう文章に落とすかは、次のセクションで扱います。