中身の分からないExcelは、何から手をつけますか?
マクロの解読ではなく、入力と出力の記録から始めます。誰が何を入力し、どの帳票や数字が出ていくのかを1枚の表にします。中のロジックが読めなくても、それが外注の起点になります。
順序を逆にすると止まります。解読から始めた案件は、着手の翌週には手が止まるのが通例です。
最初に作るのは入力と出力の一覧
作るのは1枚の表です。列は4つで足ります。
| 列 | 書く内容 | 記入の例 |
|---|---|---|
| 入力するもの | 誰が、どこから、何を入れるか | 営業担当が受注メールから品番と数量を入力 |
| 出てくるもの | 誰が、どの形式で受け取るか | 経理が月初に売上一覧をPDFで受け取る |
| 頻度 | 毎日、週次、月次のどれか | 入力は毎日、集計は月初の3営業日 |
| 例外の処理 | 手で直している箇所 | 返品があった月だけ担当者が数字を手で引く |
書き方の手順は次のとおりです。
- 月次で必ず出している帳票と数字を洗い出す (所要1時間)
- その帳票ごとに、元になる入力の画面またはファイルを辿る (所要2時間)
- 辿れなかった箇所に印を付けて残す (所要30分)
- 実際に操作している担当者に、印を付けた箇所だけを聞く (1件あたり所要15分)
つまずきやすいのは3番目です。辿れない箇所を空欄で放置すると、後で誰も気づきません。分からないという情報も記録として価値があります。印を付けて残してください。
マクロの解読を先にやらない理由
解読は目的ではなく手段だからです。目的は、外注先が同じ結果を出せる仕組みを作ることです。同じ結果の定義が先に決まっていなければ、解読しても使い道がありません。
そして、解読には終わりが見えません。マクロが別のファイルを参照し、その先でさらに別のマクロを呼ぶ構成は珍しくありません。読み進めるほど範囲が広がります。
一方、入力と出力の記録には終わりがあります。帳票の数だけ書けば完了します。先に終わる作業から着手するのが実務的です。
着手の判断に使える公的なデータ
読者の状況は珍しいものではありません。営業事務担当者221人を対象とした調査では、64.2%が前任者の関数やマクロの解読に苦労していると回答しています。複数人でファイルを共有するときの課題では、読み取り専用になり作業が中断するという回答が33.2%で最多でした。
出典: NTTデータビジネスブレインズ「営業事務のExcel属人化に関する調査」(2026年、営業事務担当者221人、https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000032.000103389.html)
社内で情報を共有しているかどうかで、可視化の進み方も分かれます。経済産業省とデジタル庁、IPAが参画した委員会のレポートでは、システムに関する情報が社内で適切に共有されている企業のうち71%がIT資産の棚卸しや可視化に取り組めているとされています。共有されていない企業では、66%でIT資産の可視化ができていません。
出典: レガシーシステムモダン化委員会総括レポート (2025年5月28日公表、https://digital-agency-news.digital.go.jp/articles/2025-08-27-1)
この数値は、記録を作る作業そのものが可視化の第一歩であることを示します。入力と出力の一覧は、社内で共有できる最初の資料になります。
なお、同レポートではレガシーシステムが残存している企業の割合も示されています。全産業分野で61%、大企業で74%、中小企業で約50%です (出典: 同レポート)。古い仕組みを抱えたまま運用している状態は、中小企業でも半数程度あるという前提で考えてよいことになります。
現行のExcelを渡すだけでは、なぜ足りないのですか?
ファイルには「今どう動いているか」しか入っていないためです。「なぜそうしているか」は入っていません。業務上の判断が数式に埋め込まれていると、外注先は再現すべきかどうかを決められません。
具体例で言えば、税率の端数を切り捨てている数式があったとします。それが会計上の方針なのか、誰かの入力ミスなのか、ファイルからは判別できません。
ファイルに残っていない情報の種類
残っていないのは次の4種類です。いずれも人の頭の中か、口伝えの運用にあります。
| 残っていない情報 | 具体例 | 記録しないと起きること |
|---|---|---|
| 判断の理由 | 特定の取引先だけ集計から除いている | 再現すべき仕様か不具合か判断できません |
| 例外時の対応 | 月をまたぐ返品を手で調整している | 移行後に同じ数字が出ません |
| 使っていない箇所 | 3年前に使った列が残っている | 不要な機能まで見積もりに入ります |
| 誰が何をするか | 承認は部長が口頭で行っている | 権限の設計が抜けます |
このうち最も見積もりに影響するのは、3番目の使っていない箇所です。外注先はファイルにある列とシートを見て工数を積みます。使っていないことは、御社が伝えなければ分かりません。
例外処理と手作業の補正が見積もりを膨らませる仕組み
例外処理は、数が多いのではなく境界が曖昧なことが問題です。境界が決まっていない仕様は、開発の途中で判断を仰ぐ往復を生みます。
往復の回数がそのまま期間になります。仕様の確認が1件増えるごとに、回答待ちの日数が加算されます。10件の曖昧な箇所があれば、それだけで数週間が動きます。
対策は、例外を網羅することではありません。次の3つに分類しておくことです。
- 移行後も必要な例外 (仕様として書き起こします)
- 移行を機にやめる例外 (対象外として明記します)
- 判断がつかない例外 (発注前に社内で決める項目として残します)
3番目を空欄のまま発注しないことが要点です。判断がつかないものは、外注先も判断できません。発注前に決めるか、決められないことを明示するかのどちらかにしてください。
情報を社内で共有できているかが分かれ目になります
ここで効いてくるのが、社内での情報共有です。経済産業省とデジタル庁、IPAが参画した委員会のレポートでは、システムに関する情報が社内で適切に共有されている企業のうち71%がIT資産の棚卸しや可視化に取り組めているとされています。共有されていない企業では66%でIT資産の可視化ができていません。
出典: レガシーシステムモダン化委員会総括レポート (2025年5月28日公表、https://digital-agency-news.digital.go.jp/articles/2025-08-27-1)
つまり、可視化ができるかどうかは技術の問題ではありません。情報を社内で共有する運用があるかどうかの問題です。
当社が業務システムの引き継ぎで最初に確認するのも、ファイルの中身ではありません。誰がその運用の理由を説明できるかです。説明できる人が社内にいる段階で着手すれば、記録は数日でまとまります。説明できる人が既に退職している場合、実際の操作を1か月観察して復元する作業が必要になります。この差が、そのまま初期の期間と費用の差になります。
記録すべき項目の具体は次のセクションで扱います。
何を棚卸しして記録しますか?
入力項目、出力帳票、処理の頻度、例外処理の4種類を記録します。この4つが揃えば、マクロが読めなくても外注先が要件を起こせます。
逆に言えば、この4つ以外は最初は不要です。画面の色や配置の希望は、要件が固まった後で構いません。
記録する4種類と書き方
書式は自由ですが、項目は揃えてください。1つの帳票につき1行が基本です。
| 記録する種類 | 書く粒度 | 悪い例 | 良い例 |
|---|---|---|---|
| 入力項目 | 項目名、入力する人、元になる情報 | 受注データ | 品番、数量、納期。営業担当が受注メールから入力 |
| 出力帳票 | 帳票名、受け取る人、形式、締め | 売上レポート | 月次売上一覧。経理が月初3営業日までにPDFで受領 |
| 処理の頻度 | 入力と集計を分けて書く | 毎月 | 入力は毎日、集計は月初、締めは5営業日目 |
| 例外処理 | 条件と、そのときの手作業 | イレギュラー対応あり | 返品があった月は担当者が売上から手で減算 |
悪い例と良い例の違いは、第三者が読んで同じ動作を再現できるかどうかです。「受注データ」では再現できません。項目名まで書いてください。
作成の手順は次のとおりです。
- 出力帳票を先に全部並べる (所要1時間。数が有限なので終わりが見えます)
- 帳票ごとに、必要な入力項目を書き出す (帳票1つあたり所要30分)
- 入力と集計の頻度を、実際の締めの日付で書く (所要1時間)
- 例外処理を、前のセクションの3分類に振り分ける (所要2時間)
つまずきやすいのは1番目です。帳票は社内で共有されているものだけではありません。担当者が自分用に作っている集計が抜けがちです。
1か月分の実際の操作を観察して記録する
前任者が既にいない場合は、観察で復元します。推測で書くと、移行後に数字が合わなくなります。
観察の進め方は次の3点です。
- 月初から月末まで、操作した日付と内容を担当者に記録してもらう
- 月次の締めの作業だけは、同席して手順を見る
- 手で数字を直した箇所は、その場で理由を聞いて書き残す
2番目を同席で行う理由があります。締めの作業は手順が多く、後から思い出して書いてもらうと抜けます。年に1回しか動かない処理は、この1か月では拾えません。拾えなかったことも記録に残してください。
つまずきやすい点 (担当者ごとの別ファイル)
実装の現場で最も手が止まるのが、同じ内容のファイルが担当者ごとに分かれている状態です。ファイル名が似ていて、中の列が微妙に違います。
どれが正しいのかを決めないまま移行すると、移行後の数字がどのファイルとも一致しません。着手の前に次を決めてください。
- どのファイルを正とするか
- 正としたファイルに無い列を、他のファイルから拾うかどうか
- 拾う場合、どの期間から拾うか
3番目は費用に直結します。過去5年分を統合するのか、今期分だけでよいのかで、移行の作業量が変わります。過去分は参照用に元のファイルを残す方針にすると、移行の範囲を絞れます。
マクロの解読を誰がどこまで行うかは、次のセクションで扱います。
マクロの中身は誰が、どこまで調べますか?
解読は外注先の作業として発注します。自社は解読の対象範囲を絞る役割を持ちます。全マクロを読むのではなく、月次で必ず動かすものだけを対象にすると調査の工数が収まります。
自社で読もうとしないでください。読めないから外注するのであり、読めるようになることは目的ではありません。
解読を発注するときの範囲の指定
範囲は3つの軸で指定します。ファイル、処理、期間です。
| 軸 | 指定の仕方 | 例 |
|---|---|---|
| ファイル | 対象のファイル名を列挙する | 売上管理.xlsm と 請求一覧.xlsm の2ファイル |
| 処理 | 実行のきっかけで指定する | 月次集計ボタンから動く処理のみ |
| 期間 | 調査に充てる期間を上限で示す | 2週間を上限とし、残りは報告のうえ判断する |
3番目の期間の上限が重要です。上限を決めずに調査を発注すると、費用の見通しが立ちません。上限に達した時点で判断を挟む取り決めにしてください。
発注の手順は次のとおりです。
- 前のセクションで作った記録を渡し、調査の目的を出力の再現と明記する (所要30分)
- 対象のファイルと処理を列挙する (所要1時間)
- 調査の期間の上限と、上限到達時の進め方を契約に書く (所要1時間)
- 成果物の形式を指定する (所要30分)
つまずきやすいのは4番目です。成果物を指定しないと、調査の結果が口頭の報告で終わります。後で別の会社に依頼する場合、同じ調査をもう一度発注することになります。
実装者視点で手が止まる箇所 (外部参照と手動の並べ替え)
当社が実際に解読で時間を取られるのは、次の2つです。いずれも御社が事前に把握していれば、調査が短くなります。
1つ目は外部参照です。マクロや数式が、別のファイルやネットワーク上の共有フォルダを参照している構成です。参照先のファイルが移動や改名されていると、値だけが残って計算式が追えません。この場合、当時の参照先を知っている人の記憶が唯一の手がかりになります。
2つ目は手動の並べ替えです。マクロが「上から3行目を集計する」という前提で書かれていることがあります。並べ替えの順序が担当者の操作に依存していると、処理の前提が記録に残りません。移行後に別の行を拾う不具合につながります。
事前に確認していただきたいのは次の2点です。
- 他のファイルを参照している数式があるか。ファイル名だけでも分かれば十分です
- 処理の前に手で並べ替える手順があるか。あれば、その並べ替えの基準
この2点が分かっているだけで、調査の初期の手戻りが減ります。分からない場合も、分からないと伝えてください。前提がない状態で調査を始める見積もりになります。
調査の成果物として何を受け取るか
受け取るのは次の3点です。形式は文書で受け取り、社内で保管してください。
| 成果物 | 中身 | 使い道 |
|---|---|---|
| 処理の一覧 | どのボタンが何をするか、入力と出力の対応 | 要件定義の元資料になります |
| 再現できない箇所の一覧 | 参照先が不明、前提が不明な処理 | 社内で判断する項目になります |
| 移行の方針の提案 | そのまま再現するか、仕組みを変えるか | 見積もりの前提になります |
2番目の一覧が、実務上最も価値があります。分からない箇所が文書として残れば、社内の誰かが心当たりを思い出せる可能性が残ります。口頭の報告では残りません。
なお、この調査を発注した会社に、そのまま開発を発注する義務はありません。調査の成果物を受け取っていれば、他社にも同じ資料で見積もりを依頼できます。調査と開発を分けて発注できる契約になっているかは、発注前に確認してください。