最初に決めるのは「どの記録を対象にするか」です
システムの機能を考える前に、いま付けている記録を並べ、どれを対象にするかを決めます。衛生管理の記録は種類が多く、全部を同時に移そうとすると止まります。
いま付けている記録を並べる
最初の作業は、現場で日々付けている記録をすべて並べることです。温度の記録、清掃の点検、原材料の受け入れ、製造の作業記録、出荷前の確認など、用紙の種類ごとに1行で書き出します。表計算で付けているものと、紙のバインダに綴じているものを分けて書くと、後の判断が楽になります。
| 記録の名前 | いまの形 | 1日あたりの枚数 | 付ける人 |
|---|---|---|---|
| 冷蔵庫の温度記録 | 紙 | 3枚 | 製造担当 |
| 清掃の点検記録 | 紙 | 1枚 | 当番 |
| 原材料の受け入れ記録 | 表計算 | 1件ごと | 事務 |
枚数の列は、後で効果を測るときの基準になります。正確な数でなくても構いませんので、1週間分を数えて平均を書きます。
対象を3つまでに絞る
並べたもののうち、最初に移すものを3つまでに絞ります。選ぶ基準は、枚数が多いこと、付ける人が複数いること、後から探すことが多いことの3点です。温度の記録は、この3つを満たす場合が多く、最初の対象になりやすい記録です。
つまずきやすい点は、種類の少ない記録から手を付けてしまうことです。枚数の少ない記録を電子にしても、現場の手間はほとんど変わらず、効果が見えません。
紙のまま残すものを決める
対象にしないものは、紙のまま残すと決めて書き出します。「いずれ全部電子にする」とだけ決めて進めると、どの記録がどちらの形なのかが現場で分からなくなり、二重に付ける状態が生まれます。
所要時間の目安は、記録の洗い出しと3つの選定で1日です。この表は、次の章で扱う記録の項目と保存期間の確認、および外注先への要件の土台になります。
記録に残す項目と保存期間を押さえる
記録の項目と保存期間は、自社の衛生管理計画と法令で定められた期間に沿って決めます。システムの保存期間の設定は、この期間に合わせます。
記録の項目を計画から写す
HACCPに沿った衛生管理は、食品衛生法等の一部を改正する法律が2018年6月13日に公布され、2021年6月1日に全面施行されました (出典: 東京都保健医療局「HACCPに沿った衛生管理の制度化」)。記録の項目は、この制度に沿って自社で作った衛生管理計画に書かれている内容がそのまま対象になります。
したがって、システムの入力項目はゼロから設計するものではありません。計画に書いた確認事項と、その頻度、記録の様式を写せば、入力画面の項目が決まります。要件を伝えるときは、衛生管理計画の該当ページを外注先に見せるのが最も早い方法です。
法令で定められた保存期間
保存期間については、食品の種類や制度によって定めが異なります。参考になるのが、米穀の取引に関する制度での期間の決め方です。農林水産省の資料では、記録の原則的な保存期間は3年とされ、消費期限が付された商品については3か月、賞味期限が3年を超える商品については5年とされています (出典: 農林水産省「米トレーサビリティ制度Q&A 基本編」)。
これは米穀の制度の数値であり、衛生管理の記録にそのまま当てはまるものではありません。ただし、期間の決め方の考え方として、製品の期限表示の長さに応じて保存期間を変えるという組み立てが参考になります。
| 期限表示 | 米穀の制度での保存期間 |
|---|---|
| 消費期限が付された商品 | 3か月 |
| 原則 | 3年 |
| 賞味期限が3年を超える商品 | 5年 |
製品の賞味期限との関係
自社の記録の保存期間は、製品の期限表示に、出荷後に問い合わせや回収が起きうる期間を足して決めます。システムの設定では、この期間より短い自動削除が入っていないかを確認します。
つまずきやすい点は、サービスの既定の保存期間が1年などに設定されている場合です。既定のまま使うと、必要な期間より早く記録が消えます。保存期間を変更できるか、延ばした場合に費用が増えるかを、見積もりの段階で確認します。所要時間の目安は、衛生管理計画の確認と保存期間の決定で半日です。
紙から電子に変えるときに確認すること
電子で記録する場合は、誰がいつ入力したかが後から分かる形になっているかを確認します。記録の信頼性は、入力の履歴が残るかどうかで決まります。
入力した人と時刻が残るか
紙の記録では、署名や押印が「誰が確認したか」を示していました。電子にすると、その役目は利用者ごとのアカウントと入力の時刻が担います。確認するのは次の3点です。
- 現場の担当者ごとにアカウントが分かれているか
- 入力した時刻が自動で記録されるか
- 共用のアカウントで入力する運用になっていないか
つまずきやすい点は3番目です。現場に1台の端末を置き、共用のアカウントで使う構成にすると、誰が入力したのかが残りません。導入の費用を下げるために共用にする判断はありますが、その場合は紙の署名欄を併用するなど、別の形で担保する必要があります。
後から直した履歴が残るか
記録は、書き間違いを直す場面が必ず出てきます。確認するのは、直したときに元の値と直した人、直した時刻が残るかどうかです。上書きされて元の値が消える作りだと、後から記録の経緯を説明できなくなります。
要件に書くときは、「修正は上書きではなく履歴として残す」と1行入れます。実装の側から見ると、この1行があるかないかで設計が変わるため、後から追加すると費用が増えます。
保健所の確認にどう対応するか
立入りの確認で記録を見せる場面を想定しておきます。確認するのは、画面で見せられるか、紙に印刷できるか、期間を指定して一括で出力できるかの3点です。
印刷の形式は、紙の様式に近い形で出るかどうかを実際に出力させて確かめます。画面でしか見られない作りだと、確認のたびに端末を持ち歩くことになります。出力の形式は次の章で要件として扱います。
なお、電子にしたからといって紙を全部処分できるわけではありません。移行の前に付けた紙の記録は、決めた保存期間のあいだ残す必要があります。保管場所をいつ空けられるかは、保存期間の満了に合わせて計画します。
外注時の要件に書く項目
対象の記録、入力する端末、保存期間、履歴の残り方、出力の形式の5点を要件に書けば、見積もりを比べられる状態になります。第1章で作った記録の表を添えると、相手が見積もりやすくなります。
要件に書く5点
| 要件 | 書く内容 |
|---|---|
| 対象の記録 | 第1章で選んだ3つの記録の名前と、1日あたりの件数 |
| 入力する端末 | 現場で使う端末の種類と台数、共用か個人かの区別 |
| 保存期間 | 第2章で決めた期間と、期間を延ばせるかどうか |
| 履歴の残り方 | 入力者と時刻の記録、修正を上書きではなく履歴として残すこと |
| 出力の形式 | 期間を指定した一括出力と、紙の様式に近い印刷 |
記録の件数を書いておくと、提案の規模が自社に合っているかを判断できます。
現場の端末をどうするか
端末は、要件のうち費用に最も影響する項目です。製造の現場では、手袋をしたまま操作するか、水を使う場所に置くかで選ぶ機器が変わります。要件には、設置する場所の環境 (水を使う、温度が低い、粉が舞う) を1行書き添えます。
つまずきやすい点は、事務所で使う前提の画面をそのまま現場に持ち込むことです。項目が多い入力画面は、作業の合間に打つには向きません。1回の入力を数回のタップで終える形にできるかを、提案の段階で画面の案を見せてもらって確かめます。
出力の形式を決めておく
出力は、立入りの確認で使う形と、社内で分析に使う形の2つに分けて書きます。前者は紙の様式に近い印刷、後者は表計算で開ける形式です。
データとして残す意味も押さえておきます。2026年版ものづくり白書では、製造プロセスでデータを取得している事業者は約7割である一方、取得したデータを活用して効果を得ている事業者は約4割とされています (出典: 2026年版ものづくり白書)。取るだけで終わらせないために、どの形式で出せるかを最初に決めておきます。
中小企業白書には、紙や表計算で分散していた情報をデジタル化し、検品業務で年間1500時間を削減した事例も紹介されています (出典: 中小企業庁『2026年版 中小企業白書・小規模企業白書』)。効果の出方は会社によって違いますが、件数の多い記録から手を付けるという順序は共通しています。
ロットの追跡まで広げるかどうか
衛生管理の記録とロットの追跡は別の仕組みです。同時に作るかどうかは、出荷先からの要求と、原材料の仕入れの記録の整い方で決めます。
記録と追跡の違い
衛生管理の記録は、決めた手順どおりに確認したことを残すものです。ロットの追跡は、どの原材料がどの製品に入り、どこへ出荷されたかをたどれるようにするものです。前者は日々の作業の記録、後者は原材料と製品のつながりの記録で、必要なデータの構造が違います。
| 仕組み | 残すもの | 使う場面 |
|---|---|---|
| 衛生管理の記録 | 確認の日時、担当者、結果 | 日々の管理と立入りの確認 |
| ロットの追跡 | 原材料のロットと製品のロットの対応 | 出荷先からの問い合わせ、回収の範囲の特定 |
追跡まで広げる判断の材料
判断の材料は2つです。1つは、出荷先がロットの情報を求めているかどうかです。もう1つは、原材料の受け入れの記録にロットが書かれているかどうかです。受け入れの段階でロットを記録していなければ、追跡の仕組みだけを作っても入口のデータがありません。
参考になる期間の定めとして、農林水産省の米穀の制度では、記録の原則的な保存期間が3年とされています (出典: 農林水産省「米トレーサビリティ制度Q&A 基本編」)。追跡の記録も、製品の期限表示に応じた期間を残す前提で設計します。
段階を分けて作る
両方を同時に作ると、要件の量が増え、現場に入る変更も一度に大きくなります。段階を分けるなら、次の順序が無理がありません。
- 衛生管理の記録を電子にする (第1章で選んだ3つ)
- 原材料の受け入れでロットを記録する運用を足す
- 製品のロットと原材料のロットを結ぶ仕組みを作る
2番目は、システムの開発よりも運用の変更が中心です。ここを飛ばして3番目に進むと、入口のデータがそろわず、仕組みが動きません。
中小企業白書には、生産管理や労務管理、原価管理を含めて30以上のアプリを統合した事例も紹介されています (出典: 中小企業庁『2026年版 中小企業白書・小規模企業白書』)。広く作ることはできますが、一度に作る必要はありません。ロットの検品記録そのものの要件は別の記事で扱います。